ミドルアップダウンでつくる「デザインする組織」 学び、実践し、しくみ化する組織開発のアプローチ
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- 教育・人材育成
こんにちは、サービスデザイナーの佐藤史です。
経済産業省・特許庁による「『デザイン経営』宣言」や、同じく経済産業省による「高度デザイン人材育成ガイドライン」等が発信されて以来、コンセントでも、自社の事業や組織にデザインを取り入れたい、社内でデザイン人材を育成したい、というご相談を一段と多くいただくようになりました。同時に、「デザイン組織づくりを進めたいが、その効果が見えず着手しづらい」といった声も聞かれます。
そこで本稿ではあらためて、なぜ、組織にデザインというものが必要なのか、組織でデザインを実践するとはどういうことなのかを説明し、最後に、デザインができる組織づくりと人材育成のために、私たちがどんなことを行っているかをお話ししたいと思います。

1.なぜ、いま、組織にデザイン?
従来型の業務プロセスが通用しなくなっている?
現在は、第三次産業に限らず製造業も含めてあらゆる産業が「サービス化」しています。多くの顧客は、図にあるように製品の良し悪しだけではなく、その前後の体験も含めて、そのサービスや製品の良し悪しを判断するようになりました。今までは有形の製品を提供していたメーカーのような企業でも、現在はその製品にまつわる一連の利用体験まで提案しなければ差別化が難しい時代だといわれるようになりました。

そのため、企業がデザインすべき対象も、サービス・製品そのものの機能・使いやすさから、サービス・製品の利用にまつわる一連の体験へと広がっています。その結果、事業開発のプロセスやサービス・製品の提供方法を変えざるを得ない企業が(特に製造業のような分野では)増えてきたと思います。
サービス体験には一貫性が必要
サービス・製品の一連の体験を提案する場合、重要になるのが、顧客視点の全体共有です。あらゆるものがサービス化(無形化)していく時代では、例えば、品質や機能のことは製品開発部門だけが考えて、購入前後のサポートやメンテナンスはサポート部門だけが考える、といったような完全な分業体制では、サービス・製品の体験に一貫性をもたせることが難しくなってきます。
ここで鍵となるのは、部門横断で事業に関わるすべての人が、顧客像や顧客が求めていることを理解することです。特に昨今は、DXの取り組みによって、顧客とのコミュニケーション手段をデジタルに切り替えたり、店頭で販売していたものをオンラインでも購入できるようにしたりと、顧客接点(タッチポイント)が複雑化しています。
そのため、企業は自社のサービス体験が一貫性をもってデザインされているかを、これまで以上に注意してみていく必要があります。このような課題意識は、例えば利用者対応業務のデジタル移行に直面している金融・行政等の分野で特に顕著だといえます。

2.「デザインを実践する」とは?
あらゆる産業がサービス化し、企業がデザインすべき対象が広がったことで、事業開発やサービス提供のあり方を見直す必要に迫られている企業(もしくは行政や団体など)が増えていることを前項で述べました。
では、そういった課題になぜ、組織で「デザイン」を実践することが有効なのか? ここでは、私が「デザイン」という行為をどのように捉えているかを通して解説します。
ヒトを中心に考える
デザインというものは、対象物が何であれ、それを受け取るヒトの視点に立って「その人がどういうことに価値を感じるか」「何を知りたい、もしくは成し遂げたいのか」を考えながら最適な設計を行っていく行為です。
企業が一貫性のあるサービス体験を提案する場合でも、同様に、「顧客は誰か」「何が求められているのか」について深く理解し、メンバーの意識を合わせることが重要です。
もちろん、これまでのほとんどの企業でも、ヒトつまり顧客を中心に考えることは実践してきたと思いますが、先に述べたように企業がデザインすべき対象が複雑化し広がったことで、あらためてその重要性が認識されつつあるのだと考えています。
前項で挙げた例のように、製品開発部門が想像する顧客ニーズをもとに製品を開発して、その販売促進を営業・マーケティングが企画し、アフターサポートはカスタマーセンターで考えて対応して……といったように組織間の連携が不十分な状態が続くと、自分たちでは意識せずともそれぞれの部門が考えている顧客像を巡って思わぬ認識の相違が生じてしまうこともあります。

例えば、コンセントが実施した西日本旅客鉄道株式会社様とのプロジェクトでは、グループ会社も含めた各部署を横断して顧客体験を理解することで、顧客視点に基づいたサービスを提供するための方針をつくりました。
つくりながら試して考える
このように良いサービスを提供するためには、ヒトを中心にデザインすることを組織横断で実践していく必要がありますが、各部門に所属するさまざまな背景をもつ人たちの認識をそろえるために鍵となるのが、つくりながらカタチにして考えるマインドセットです。
私たちデザイナーは、実際に手を動かしてつくりながら考えるという行為を普段から仕事で行っていますが、こういった行為を通して実際に思考をカタチにすることで、製品なりサービス体験なりを考える上で「顧客は誰か」「何が求められているのか」について全員のイメージをそろえた状態で検討を前に進めることができます。
特に数年後に向けた新規事業開発の場合ですと、少し先の未来を見据えた新しい何かについて考えることになるため、その詳細なイメージを巡って意見の相違が生じたり、開発を前に進めるべきか否かの判断が難しくなったりというようなことがどうしても起きてきますが、そのような場面においても、何かしらのプロトタイプをつくってカタチにすることが話を前進させることに非常に役立ちます。
コンセントでは、デザイナーの「つくりながら考える」という行為を通して、サービス体験価値をプロトタイプで早期に検証したり、コンセプトを具体化させることでステークホルダーの目線を合わせてプロジェクトを前進させたりする支援を行っています。
このようにして「つくりながら考える」姿勢は、デザイナーではない方にとっても、失敗や試行錯誤を恐れずに事業創出や業務改革に取り組むための重要なマインドセットだと私は思います。特に、VUCAの時代において、失敗を重ねて新しいことに取り組まなければならない企業も増えてきました。そういったことも、組織でデザインを実践することの重要性が認識されている背景の一つだと考えます。
3.デザイン導入のための具体的なアプローチ
デザインという行為がサービス体験の提案や新しい事業の構想といった場面で有効であることを説明しましたが、このように常に顧客中心の考え方を念頭に置き、失敗を恐れずにつくりながら試行して考える人材や組織文化を定着させるためには、どのようにすればよいのでしょうか?
組織にデザインを導入するためには、デザインを学び(デザイン能力育成)、事業活動の現場で実践し(デザインプロジェクト実践)、定着のためのしくみをつくる(デザインプロセス標準化)という3つのフェーズが存在します。

組織レイヤーごとのアプローチ例
「デザイン能力育成」では、自社事業をテーマとした研修ワークショップの実施や、組織のメンバーがデザイナーと一緒に手を動かしてプロジェクトに取り組むライブトレーニングを行います。
「デザインプロジェクト実践」では、さまざまなアプローチがありますが、デザインスプリントのように、短期集中型で取り組むと、手法だけではなく暗黙知的なマインドセットまで体感・理解できるため有効です。
「デザインプロセス標準化」は、良いデザインを一貫性をもって提供するための判断基準となるデザインシステムや、組織横断で顧客像と良いサービス体験について認識をそろえるためのカスタマージャーニーマップをマネジメントツールとして活用する等の取り組みがあります。
そして、このようなデザイン実践と導入の取り組みを継続し定着させるためには、一つの部署もしくは部門だけで取り組むことには限界がありますので、トップをはじめとした組織全体の理解を促す「ビジョン策定・浸透支援」が欠かせません。自組織が「なぜ、何のために取り組むのか」の指針となるビジョン(展望)を常に指し示し続けることで、より効果的な定着につながります。
このようにして、3つのフェーズで組織にデザインを導入することになりますが、企業によって事業特性や組織文化が異なりますので、一般論的なデザインの方法論を当てはめるだけでは不十分です。実際の業務やプロジェクトで実践し、自社の事業特性に合わせて最適な手法やプロセスを確立すること、そして、それを組織の形式知として定着させる取り組みが欠かせません。
3つのフェーズのサイクルを組織で回すためには、現場を率いるリーダーがトップの理解を促し、メンバーの意識と結びつける「ミドルアップダウン」のマネジメントが欠かせません。経営視点で「なぜデザインが必要なのか」を示し、同時に現場視点で「役立つデザインのあり方」を模索し、双方の共感を生み出す動きが重要です。
鍵となるのは、先にも繰り返し述べた「顧客は誰か」「(自組織に)何が求められているのか」の理解を全体でそろえることです。そのためには、組織を動かすための羅針盤=ビジョンが必要となります。
先行きが見えづらい世の中であっても、顧客に対して良い価値を提供し続けられる組織づくりに向けて、ぜひ、明確な方向性をもってデザインを実践されることをおすすめしたいと思います。