組織を超えて「マーケティング思考」をアップデートする マーケティングのデジタルシフトとその課題
- マーケティング
※本記事は、一般社団法人日本BtoB広告協会発行の専門誌
掲載の、中條隆彰による寄稿「組織を超えて、『マーケティング思考』をアップデートする」を一部編集したものです (発行元の一般社団法人日本BtoB広告協会より承諾を得て掲載しています)。
1. はじめに
みなさんは「マーケティング」という言葉を聞いてどういった意味を想像するだろうか?
「広告施策・集客」「◯◯マーケティング」「市場での差別化」「売れる仕組み」など、さまざまな文脈で語られその定義もいろいろだ。もちろん本稿を読んでおられる方は日頃からマーケティングに従事されており、十分理解しておられることだが、マーケティングの定義は、定義する人や組織によっても異なり、また常にアップデートされる。
マーケティングの定義は時代と共に進化していくと同時に、細分化・複雑化し捉えづらくなっている。企業内でも、職種や部署が変わると理解度や定義は意外とバラバラということもあるのではないだろうか。事業規模やプロジェクトのフェーズによっても、マーケティングに求められる役割は変わってくる。企業経営に直結する概念だからこそ、曖昧な認識のまま放置してはよくない。
アフターコロナにおけるBtoB企業のマーケティング課題を調べた調査では、1位が「顧客との関係性構築」、2位が「リード獲得」とあり、具体的な課題感が表面化している(図1)(※1)。先が読めない不確実性の高い現代において、ステークホルダーから選ばれ続けることが、ますます困難となっているのだ。一方で、経営層の3割以上が「特にない/わからない」と回答しており、現場との認識ギャップも顕著に現れている。

図1:アドビ株式会社(2021)「アフターコロナに向けたデジタル戦略に関する調査」
目の前の課題が山積しているときこそ、本質的な問題を捉えることが重要ではないだろうか。ここまでの課題は、マーケティング担当者だけの問題ではない。部署や組織を超えて、一企業としてマーケティングに対する認識が揃っていることが、これからの時代をリードしていくカギとなる。
本稿では、改めてマーケティングの意義や目的を捉え直し、変化を乗り越えていくためのポイントを考察していく。
2. マーケティングが置かれている現状と課題
まずは現在のマーケティング活動を取り巻く観点を整理するため、5つの課題(図2)を概観していこう。

図2:マーケティング活動を取り巻く5つの課題
2-1 従来のマーケティング手法の限界値
これまでのように「高品質や高機能の製品であること」が、他社製品との差別化ポイントには、もはやなりづらくなっていることは多くの方が実感していることだろう。BtoCに限らずBtoBにおいても市場の中で製品やサービスの差別化を図り、購入や成約を効率的に獲得する従来型のマーケティング手法だけでは限界にきている。市場競争の激化により、各企業が技術力を高め合った結果、「どの企業でも一定の品質水準が担保」されることとなり、競争力を失った製品はコモディティ化を招いていく。
さらに飽和した市場において、デジタル化に伴う情報過多の環境により、企業が発信する情報は均一化し情報の渦の中に埋もれてしまう。いくら製品やサービスを開発し、広告やウェブサイトで顧客に情報を発信しても、そもそも認知してもらうことが難しい時代なのだ。
2-2 デジタルシフトとの向き合い方
コロナ禍における一番の変化は、従来のリアル(対面)でのリード獲得がしづらくなり、急速にデジタル化が求められていることではないだろうか。
一方で、最新のMAツールや、話題のマーケティング手法を取り入れたものの、使いこなせず「思うような成果が出ない」という企業も少なくない。デジタル化が進むこと自体は歓迎することであり、今後もデジタル技術に迅速に対応していくことは企業のマーケティング活動においても必須条件となるだろう。
そこで大事になるのが、本質的に顧客を理解することだ。「すでに顧客理解には取り組んでいる」と思われる方もおられるだろうが、筆者のこれまでの経験上、「取り組んではいたものの、本質的には理解できていなかった」というケースも少なくない。人間の意識は90%が潜在意識と言われ、無意識に行動していることの方が圧倒的に多い。故に顕在化した情報だけに囚われるのではなく、潜在的な意識を深く洞察していくことが求められる。そこでデジタルの技術を活用し、口コミやソーシャルリスニングなど小さなことからでも顧客の深層心理を理解しデータを蓄積しながら、より良い顧客体験を設計していくことが重要である。
2-3 企業には社会的責任が求められる
従来、企業の責任は「利益を最大化すること、株主価値を最大化すること」と定義され、その結果、世界的な経済成長が実現されてきた。しかしその代償として地球環境問題、格差問題など、さまざまな弊害が目立つようになり、全世界の共通問題として人々の関心が高まるようになって久しい。昨今のSDGsやESG経営といった、環境、社会、ガバナンスを重視した企業経営が求められている。利益と社会的責任の両立が、これからのビジネスを駆動するドライバーとなるのだ。
ただ、そこで間違えてはいけないのが、SDGsやカーボンニュートラルなど、環境に対する取り組みを実施すること自体が目的化してしまうことだ。他社が行っているからやるのではなく、その企業やブランドならではの視点やオリジナリティをもって、活動していくことが必要である。
また、環境問題は一つの企業だけで解決する問題ではない。他社をはじめとしたさまざまなステークホルダーとコラボレーションしている例も、昨今見られるようになってきている。
2-4 価値観と消費の多様化
SNSの浸透やシェアリングエコノミーの普及、人生100年におけるワークスタイルと格差問題、インクルーシブ社会やエシカル消費への関心、Z世代の台頭……。価値観や生活様式が多様化・細分化し、かつてない消費環境の変化が起きている。従来のような画一的なニーズやトレンドがなくなり、生活者それぞれの自己実現や社会活動のために投資(消費)を行うのだ。
こうした変化を背景に、画一的なマスマーケティングは機能しなくなり、「スモールマス」や「マスニッチ」という個別最適の動きが活性化している。従来のように、個人の属性でセグメントするのではなく、多様化した価値観やニーズごとに市場をカテゴライズし、感度の高いセグメントに対してパーソナライズされた情報を継続的に届けていくのだ。
もともとマス向けではないBtoBにおいても、取引先である顧客の関心や行動が多様化しパーソナライズは必要になっている。画一的なコンテンツよりも、パーソナライズされた情報が価値となり、顧客のニーズに合わせて想起される接点(カテゴリーエントリーポイント)を増やしていくことも重要な戦略となっている。
2-5 これからの組織の在り方
環境変化に伴ったマーケティング活動を実行するためには、対応できる人材を育てたり組織を最適化させていくことが欠かせない。しかし現状では顧客の購買フェーズごとに対応する部署が異なり、顧客とのコミュニケーションが分断される体制になっている企業も少なくないだろう。さらに、マーケティングを広告施策や集客など、限定して狭義に捉えてしまうと、マーケティング部署だけが孤立化し組織全体としての最適化が難しくなる。
それを改善するためにも、「1.はじめに」で述べたように、各部署でマーケティングの認識を揃え、同じ方向を向いている状態を実現することが大切だ。もちろん、そこに画一的な正解はなく、これまでの組織の背景や文化によっても大きく左右される。だからこそ、それぞれの部署のメンバーがリーダーシップを発揮し、自社に適した組織を構築していくことが求められる。その上で、マーケティングフローの全体像を可視化し、顧客に対して一貫したストーリーを紡いでいく必要がある。
3. マーケティングを捉え直す。5つの視点
ここまで、マーケティング活動を取り巻く現状と課題を概観してきた。ここからはその課題をふまえ、マーケティングの意義と目的を捉え直すための5つの視点をご紹介する。
3-1 パーパスを定義し体現する
最近、多くの企業がパーパス策定を行っている。パーパスという言葉は2018年頃からよく聞かれるようになり、このコロナ禍における人々の価値観の変化も伴って、広く浸透した。「パーパス・ブランディング」「パーパス・ドリブン」「パーパス経営」など、言葉が独り歩きしている所はあるものの、より本質的な概念とあって、その重要性が高まっている。
パーパスとは「存在意義」を意味する。昨今の先行きが不透明な時代だからこそ、企業として「何のために存在するのか」という、あるべき姿を掲げる必要性が高まっていると言える。企業理念としてのミッションと何が違うのかという声もよく聞かれるが、その違いは、自社だけではなく、社会にとっての企業の存在意義を描き、多様なステークホルダーを巻き込んでいく土台になれているかである。
そして、パーパスを策定したからには、それを実現・実装していくことが必要だ。いくらパーパスを生み出しても、体現できていなければそれは単なる「お飾り」でしかない。パーパスが共通言語となり、一人ひとりが「自分ごと化」し、アクションを通じて体現してくことが不可欠となる。
3-2 パーセプションを再構築し、市場を創造する
社会のルールが変わっていく中、成熟した市場において、変化が生まれず各企業が同じ方向を向いてしまう。そこから脱却するには前項のパーパスを軸に企業やブランドならではの、パーセプションを再構築することが有効である。
パーセプションとは、「認識・知覚」という意味で物事の見え方や捉え方を表す言葉だ。顧客の頭の中に新たなパーセプションを構築することで、「いい製品・いいサービス」の定義が変わり新しい市場を創造することが可能となる。例えば、従来の「いい車」の認識の一つは「家族で出かけられる大型のマイカー」だった。しかし現在では、「使用目的に合わせたカーシェア」にパーセプションが変化している人も多いのではないだろうか。このように、これまで一般的だった社会の空気感や常識を戦略的に再構築することができる。
パーセプションの利点は、「認識や知覚の変化」を軸としているため、認知獲得で終わらず、次への購買行動を促すことに繋がることだ。このように一連の購買プロセスを可視化し、マーケティング活動の全体像を設計する「パーセプションフロー・モデル」の活用が注目されている(※2)。
3-3 顧客との関係性を見つめ直す
これまでは、「製品やサービスをどう売るか」に比重が置かれることが多かったが、これからは「どう関係性を構築するか」という視点がより重要になってくる。では、どういった関係性が必要なのだろうか?
一方的に価値やストーリーを押しつける関係性ではない。「ファンマーケティング」というワードが昨今流行ったが、エンタメや嗜好品ならともかく、BtoBサービスの関係性において、特定の企業のファンになるということはあまり聞かれないように感じられる。BtoBマーケティングにおいては、その企業のことがすごく好きという「ファン」の関係性より、なんとなく好きで「共感できる友だち」のような関係性の方がしっくりくるのではないかと筆者は考えている。唯一無二のストーリーや強固なルールより、自分ゴト化できる文脈や余白のあるストーリーが双方向の関係を生む。故に、継続的な信頼関係を築いていくことができる。
3-4 価値共創の仕組みをデザインする
近年、共創という考え方が浸透している。そのベースとなる考え方に、「サービス・ドミナント・ロジック」という理論がある。サービス・ドミナント・ロジックは、企業が顧客に提供するものはすべてサービスであり、モノはサービスを提供するための手段の一つに過ぎないという考え方だ(※3)。
企業がサービスを提供し相手が正しく活用できたことで、初めて価値が生まれる。このように双方向の体験を通してでしか価値は生まれない。その双方向の場として共創体験をデザインしてくことが重要となる。
例えば、企業が顧客のことを考え尽くして完璧なサービスを提供することが、必ずしも価値が高いとは限らない。高品質・高機能なモノが溢れ差が生まれないと、そこにありがたみを感じない顧客もいる。逆に機能性が低いモノや不便なモノは、受け手が利用するには、努力や思考を余儀なくされる。だがその双方向のやりとりこそ、サービスとして新たな価値共創に繋がることもある。
また、製品やサービスという完成形のアウトプットだけではなく、それらを生み出す過程自体が価値を共創する「プロセスエコノミー」(※4)という考え方も出てきている。
3-5 個人としてのマーケティング思考
マーケティングの意義と目的を捉え直すためのキーワードの5つ目は自分自身を理解することである。
マーケティングとは人の心と向き合うことだと筆者は考えている。購買にしろ、データ活用にしろ人の心が動いたからこそ、その証として形(記録)に残る。だからこそ、人の心に敏感になって、理解しようとすることが必要だ。
そのためには、まずは自分というわからない存在に向き合い、理解することが大事である。3章1項で企業のパーパスの話をしたが、個人としてのパーパスを言語化することも必要である。その上で自分の感度が鈍らないためにも、感情が揺さぶれる経験をたくさんすることが大切だ。
だからこそ、マーケティング担当者には、社会の代弁者としてさまざまなフィールドで活躍できるよう、自己を深く理解し、他者の心に敏感になることで、マーケティング思考を磨くことが求められる。
3-6 オープンな「うつわ」として思考するアプローチ
3章のまとめとして、ここまでお伝えしてきた視点で思考するためのヒントを紹介する。5つの視点は、それぞれがバラバラな考え方ではなく、重なり合って補完しながら成り立っている。ベースとなるパーパスがあり、そこにパーセプションを定義し、顧客との関係性を築くために、共創体験がある。その仕組みを設計するための自分自身の軸がある。
このように、それぞれを独立的に考えるのではなく、重ね合わせながら思考を深めていくことが重要である。そのための一つのアプローチとして「うつわ」(図3)のように、常にオープンな形状でイメージを捉え直すことをおすすめしたい。

図3:思考を深めるアプローチとしての「うつわ」
マーケティングやビジネスシーンで使われる概念や手法を整理するために、メソッドは三角形や四角形の閉じられたフレームで形成されていることが多い。それが悪いわけでないが、今回の5つの視点は、閉ざされた世界観ではなく、出たり入ったり、外と内を行き来することが重要になる。そのためには「うつわ」のように開かれた形状で、中には適度な「余白」をもたせる。そのすき間から人や意味を巻き込みながら、新たな可能性が生まれることに繋がっていくのだ。
突然だが、筆者は昨年初めて陶芸を体験した。粘土で形を形成した後に、釉薬をかけ窯で焼いたら完成となる。だがその工程では最終的な仕上がりは、焼き上がるまでどうなるかわからない。「形のゆがみや、色のにじみ、どんな風に焼き上がるのだろうか」。その変容がワクワクしておもしろい。
現代においても同じことが言えるのではないか。企業やブランドが全てをコントロールすることは不可能に近い。であればこそ不確実性や偶然性と共存し、「耐える力」と「楽しむ力」を発揮していくことだ。どんな「うつわ」がいいのか。読者の方お一人おひとりで考えてみてほしい。
4.さいごに
本稿では、現在の環境と課題を概観しながら、マーケティングの意義や目的を捉え直して企業内での認識を揃えるとともに、思考をアップデートさせるいくつかの視点をお伝えしてきた。
社会や人間の変化に合わせてマーケティングが進化していくことに変わりはない。ただその行き着く先が、本当に「豊かな社会」になるのか、そこには疑問が残る。もちろん企業が永続的に価値を提案し続けることは大切だ。しかしながら地球や社会、人間が、その価値を求めていないのであれば、一人の当事者として資本主義社会と向き合っていくことも必要である。
マーケティング界の第一人者、フィリップ・コトラーの新著『コトラーH2Hマーケティング「人間中心マーケティング」の理論と実践』(※5)では、これまでのBtoC、BtoBという企業と消費者という括りではなく、AtoA(Actor to Actor)という括りでマーケティングを再定義している。これはアクター(個人から社会まで)が、価値を「得たり与えたり」する主体として、循環型のエコシステムの構築を提唱するものだ。
企業と消費者という定義自体が古くなっている。これまでの「売る、買う、捨てる」という視点を変えることで、凝り固まった考え方をアップデートしていくことは可能だ。
マーケティングをどう捉えるかにより、今後の企業の在り方は大きく変わってくる。だがそれは、マーケティングだけが特別というわけではなく、その他の理論や概念にも同じことが言えるだろう。大切なのは、流行りのバズワードを消費することではなく、今自分たちの企業やブランドにとって大切なものを見極め行動していくことだ。本稿がそのヒントに少しでもなれば幸いである。
参考文献
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※1.アドビ株式会社「アドビ、『アフターコロナに向けたデジタル戦略に関する調査』の結果を発表」(閲覧日:2022年1月11日)
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※2.音部大輔(2021)『The Art of Marketing マーケティングの技法 パーセプションフロー・モデル全解説』宣伝会議
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※3.山内裕(2015)『「闘争」としてのサービス』中央経済社
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※4.尾原和啓(2021)『プロセスエコノミー あなたの物語が価値になる』幻冬舎
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※5.フィリップ・コトラーほか(2021)『コトラーのH2Hマーケティング「人間中心マーケティング」の理論と実践』KADOKAWA p.125
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