変動する社会への適応と挑戦 サービスデザイン・ジャパン・カンファレンス 2021 イベントレポート(前編)
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こんにちは、UX/UIデザイナーの矢作です。
2021年12月4日に約5年ぶりの開催となった「サービスデザイン・ジャパン・カンファレンス2021」(以下、SDJC2021)のレポートを、前編と後編の2回でお届けします。今回はその前編です。

SDJCは、コンセント代表取締役の長谷川敦士とサービスデザイナーの赤羽太郎が共同代表を務めるService Design Network(SDN)日本支部が主催する、サービスデザインに関する国内最大規模のカンファレンスです。前回開催されたのは2016年。それから5年ぶりに開催されたSDJC 2021では、コンセントもスポンサーとして協賛し、運営事務局や一部セッションのコーディネート、字幕提供などを担当しました。
2021年のテーマは「社会のトランジションに向けた課題と挑戦」です。国内外の行政、金融、介護などのさまざまな領域でサービスデザインを実践しているプレイヤーや研究者の方々によるセッションを通し、最先端の手法や実践知を学べる機会となりました。
当日は9つのキーノートセッションやプレゼンテーションと、4つのワークショップが行われました。レポート前編となる本記事では、デジタル庁の浅沼尚氏、 Fjord Tokyoの柳太漢氏、株式会社エクサウィザーズ(以下、エクサウィザーズ)の秋葉美央氏、柿嶋夏海氏、前田俊幸氏による3つのセッションにフォーカスし、私が印象に残ったトピックを中心にご紹介します。
[Service Design Network(SDN)について]
ドイツのケルンに本部を置く、サービスデザイン分野の国際組織です。
Service Design Global Conference といったイベントや出版物などを通じて、サービスデザインの価値を広め、行政から民間セクターに至る広い分野において、サービス提供者と顧客の間のインタラクションの質を高める活動を推進しています。
2022年5月時点で世界各地に47の支部があり、本記事でレポートしているSDJCを主催する日本支部は、2013年に設立し活動しています。
国内行政機関のデザイン組織化とその基盤づくり
(浅沼尚氏 デジタル庁)
2021年9月発足時からデジタル庁のCDO(Chief Design Officer)(※1)を務めている、浅沼尚氏によるキーノート「デジタル庁におけるサービスデザイン」。
デジタル庁でサービスデザインを実践するということはどういうことなのか、「デジタル庁が何を目指すのか。何を行うのか。現状はどうか?」「デジタル庁のデザインには何が求められるか。何をすべきか?」「ミライの社会をどう考え、どう進めるべきか?」という3つの観点からお話がありました。
※1 浅沼氏の所属、役職および講演内容や資料は、SDJC 2021での講演当時のものとなります。
MVVに基づいて検討された重点課題
浅沼氏はまず、デジタル庁のミッション、ビジョン、バリュー(以下、MVV)を紹介。浅沼氏がCDOに就任される以前の準備段階から入念な検討を重ねてできたもので、「言うまでもないが、新しい組織づくりにおいて組織文化をつくる活動は重要。デジタル庁が立ち上がった段階で、こうした方向づけがしっかりなされていることはとても大きい」と述べられました。

デジタル庁のMVV(画像はSDJC2021での浅沼氏の発表資料)。
そしてこのMVVに基づいて、デジタル庁が今後何に重点的に取り組んでいくのかを検討していったと語ります。以下がセッションで紹介された活動内容です。
今後重点的に取り組んでいく活動内容
- (デジタル社会に必要な)共通機能の整備・普及
ID・認証、ガバメントクラウド、地方公共団体のシステムの統一・標準化、サイバーセキュリティ、データ戦略など - 国民目線のUI・UX(の改善と国民向けサービスの実現)
UX・UI・アクセシビリティ、マイナポータル、公共フロントサービス、政府ウェブサイトの標準化・統一化、準公共分野のデジタル化など - (国の)情報システムの統括・監理
デジタル庁システム、各府省共同プロジェクト型システム、各府省システムなど - デジタル人材の育成等(と調達改革)
デジタル人材の育成・確保、調達における公平性・透明性の確保、デジタルの日、政策評価など

デジタル庁の今後の重点的な取り組み(画像はSDJC2021での浅沼氏の発表資料)。
「ゼロイチ移行フェーズ」でデザインに求められること
発足から3カ月、新しい組織に必要な全ての要素を整備し基盤づくりを進めているデジタル庁のフェーズを「スタートアップで言う、『ゼロからイチに移行するフェーズ』」と表現した浅沼氏。「ゼロイチ」の移行フェーズでどのようなことがデザインに求められているのか、私見を交えてと断った上で次の4つを挙げ、それぞれ具体的な取り組み例をもとに深掘りしたお話がありました。
デザインに求められる要件
- 1.利用者起点でサービス・プロダクトをつくること
ゼロ「UX・UI・アクセシビリティ」からイチ「サービスデザイン」へ - 2.利用者起点で計画や活動をストーリーとして伝えること
ゼロ「計画提示、活動報告」からイチ「ストーリーテリング」へ - 3.利用者起点の開発プロセスと体制をつくること
ゼロ「ボトムアップの個別活動」からイチ「戦略的な組織活動」へ - 4.デザインコミュニティと協働すること
ゼロ「デジタル庁組織」からイチ「コミュニティとの連携」へ

「ゼロイチ移行フェーズ」でデザインに求められる要件(画像はSDJC2021での浅沼氏の発表資料)。
セッションを視聴して
セッションではこの、今後重点的に取り組む活動内容とデザインに求められる要件についての詳細が説明されました。前者では日本のデジタル化を進めるために必要な条件が、後者では周囲と協力し、利用者起点でのサービス設計を進めることの重要性がそれぞれ語られました。どちらもデジタル庁のミッション、2つのビジョンが色濃く反映されている内容で、日本のデジタル化を力強く進めていくという、デジタル庁の強い思いがうかがえました。
この他にも、民間では対応できない複雑な社会課題の解決、未来志向による課題発見、非常事態時におけるサービス提供など、デジタル庁に求められていることは多岐にわたると紹介がありました。
日本の行政機関の中に、サービスデザインを実践できる組織が設立されたということは、ユーザー中心設計によるサービス開発、それらの持続的な提供などにより、公共におけるさまざまな課題に対し、より本質的な解決につながるという点で、とても大きな意味があると感じています。
当面は既存サービスの改善と、新規サービスの開発を進めていくとのことですが、日本のデジタル化を語る上で、デジタル庁の活動は今後も注目されていくのではないでしょうか。
革新的な顧客中心のデジタル銀行設立へ
(柳太漢氏 Fjord Tokyo)
アクセンチュア インタラクティブ(編注:2022年4月26日に「アクセンチュア ソング(Accenture Song)」に改称)のデザインスタジオ Fjord Tokyoのデザインディレクター柳太漢氏によるプレゼンテーション「『銀行』をゼロから再定義、再デザインする」。
2021年5月にローンチされたふくおかフィナンシャルグループによる国内初のデジタルバンク「みんなの銀行」の取り組みをもとに、金融体験でのトランジションの一例が共有されました。

「みんなの銀行」は、革新性とデザイン性の高さが評価され、「2021年度 グッドデザイン賞」や「Red Dot Design Award 2021」、2021年に初開催の「Google Cloud カスタマー アワード」をはじめとした数多くのアワードを受賞している(画像はSDJC2021での柳氏の発表資料)。
プロジェクトに支援企業として参画している Fjord Tokyoの柳氏は、「みんなの銀行」のサービス開発手法について「真新しいものではなく、サービスデザインプロセスとしては一般的なもの」と紹介。ただ「その中で違ったところ」として、「どこまでも顧客中心に考え、企業とサービスを立体的にデザインしていったところ」と続けました。
さらに、金融業界をとりまく背景の中、銀行のあり方を考える中でたどり着いたのは、「新しくゼロから『銀行』をつくる。銀行業しかできないことをデジタルで『再定義』して戦う」という方向性とのこと。
セッションではどのように銀行を再定義していったか、さらにサービスをどうデザインしていったかについての具体的な紹介がありました。
「みんなの銀行」で見えた、ユーザー中心設計を行う上での3つの観点
柳氏のセッションを聴いて印象に残ったのは、「全てのプレイヤーが同じ目線でフィールドに立っている状態をつくる」「どこまでもユーザー中心のプロダクト開発を行う」「企業とサービスを立体的にデザインする」という3つの観点です。
1.全てのプレイヤーが同じ目線でフィールドに立っている状態をつくる
開発においては、「デザイナーだけではなく、銀行員の方やマーケターの方などを含めて、全てのプロフェッショナルの方々が集結し、1チームとしてデザインした」そうです。さまざまなステークホルダーが関わるプロジェクトでは、チームが1つになる難しさがありますが、「『銀行らしさ』からの脱却」という共通のマインドセットをもつことで1チーム化した、と柳氏は語りました。
「『銀行らしさ』からの脱却」という言葉には、「我々がつくるのは銀行に他ならないが、今まで知っているような銀行ではない」という意味が込められていると言います。このマインドセットを全員が念頭に置いて進めることで、例えば「そのビジュアルだと、(今までの)銀行っぽくなってしまうのでは?」といったように、さまざまな検討フローにおいて指針となり、全ての関係者が同じ目線でフィールドに立っている状態をつくることができたそうです。

対象からデザインするのではなく、メンバーからデザインすることで、メンバーの解釈がすれ違うことなく、デザインを進めることができる、と柳氏は説明(画像はSDJC2021での柳氏の発表資料)。
2.どこまでもユーザー中心のプロダクト開発を行う
柳氏は「全ての要素をターゲット中心にデザインすることで、単に便利というだけではない、ターゲットに愛されるようなプロダクトを開発することができた」と述べました。
ターゲットとなるデジタルネイティブ世代が、何を心地よいと感じ、何を考えているのか、逆にどのような体験をストレスに感じるのかをリサーチし、そこから得た結果を、プロダクトのビジュアルや機能、体験に反映したと言います。
実際に反映した内容として、ターゲットがモノトーンでまとめたシンプルなファッションを好むなら、その価値観に合うように白と黒のモノトーンで世界観をつくっていったこと、UIの使い心地や機能に関しては、ターゲットが親しんでいるSNSなどをヒントにしてデザインしていったこと、などが挙げられました。

白と黒のモノトーンでまとめられている、みんなの銀行の世界観(画像はSDJC2021での柳氏の発表資料)。
3.企業とサービスを立体的にデザインする
そして最後に、「チームビルディングをはじめとした組織づくり、デジタルネイティブ世代という未来を見据えたターゲットの選択、クラウド環境に適応させるためのゼロからの銀行システムの構築、アジャイル開発体制の実現など、プロダクト開発に終始せず、企業のあり方やマーケティング、先を見ての立体的なデザインこそが、トランジションを行うために今重要なことである」と柳氏は結びました。
セッションを視聴して
本セッションでは、ユーザーとの共創で銀行をアップデートしていく「みんなでつくる、みんなの銀行プロジェクト」や、みんなの銀行アプリを通じて提供される目的別の貯蓄機能「Box」を活用してファンとチームをつなぐ「みんなのCheer Box」などの取り組みについての紹介もありました。
「みんなの銀行」は大規模なプロジェクトですが、実施された施策については、ユーザー中心設計を進めるためのヒントが数多くちりばめられており、プロジェクトの規模を問わず参考になるものばかりでした。
今後、さまざまな領域でのトランジションが進んでいくと想定されますが、金融業界のトランジションの事例として、一歩進んでいる印象をもちました。
AIと人間の共創型パーソナライゼーションという可能性
(秋葉美央氏・柿嶋夏海氏・前田俊幸氏 エクサウィザーズ)
エクサウィザーズの秋葉美央氏、柿嶋夏海氏、前田俊幸氏による「AIとデザインが変える介護の現場」。
エクサウィザーズは、2021年に創業5年目を迎えたスタートアップで、「AIを用いた社会課題解決を通じて、幸せな社会を実現する」というミッションを掲げ、介護や保育分野をはじめとしたさまざまな社会課題解決に直結するプロダクト、サービスの開発を行っています。
セッションでは、介護事業として取り組まれているCareWizシリーズの1つ、「ハナスト」というプロダクトの取り組みについて紹介されました。
ここでは特に印象に残った、「ハナスト」による記録業務時間の削減と、AIによる介護のパーソナライズ化、そして前田氏のパート「AI x Service Design」で語られた、新たなデザインオペレーションによる高度な価値提供についてご紹介します。
「ハナスト」で着目した、記録業務時間の削減とその効果
実際に介護現場で働いていたご経験のある秋葉氏とプロダクトマネージャーの柿嶋氏から、現場の介護士が抱える課題やプロダクト開発のきっかけ、成果についての説明がありました。
両氏は、「ケアスタッフは普段の業務に加え、一つひとつのケアの情報を入力する『記録業務』に多くの時間を要している」という課題に対し、「ケアスタッフの利用者に対する『声かけ』が、その解決を考える鍵になった」と言います。「ハナスト」がケア時のスタッフの発話から利用者の体調を自動的に記録することで、メモ内容をPCやタブレットに転記する業務の負担を軽減できるのではないかと考えたそうです。

介護の現場では、「記録業務」に多くの時間を要している(画像はSDJC2021での秋葉氏、柿嶋氏、前田氏の発表資料)。
「声×AIの力」により、介護スタッフの方の記録業務負担を減らすことで、施設全体の業務効率化にもつながり、もともと目的としていた「利用者の方とより向き合うゆとりの確保ができた」ということでした。
実際、下記のような結果も出ており、業務効率化とケアスタッフの業務満足度の向上のどちらにも効果があったそうです。
- スタッフ1人当たりの記録業務にかかる時間が削減(平均的に1日当たり40分の削減効果)
- インカム機能などの活用で、スタッフ間の連携が向上
AIによる介護のパーソナライズ化の効果
介護現場では10人の利用者の方に対し、3人のケアスタッフの方が時間ごとに対応するというような、分散型のサービスデリバリーの形態が採用されているそうですが、前田氏は「理想は1人の利用者の方に対し、1人のケアスタッフが24時間365日つきっきりで介護し、サービスの品質を上げること。でも現実的には難しい。そこで注目したのが介護記録」と語りました。
「ハナストに保存された利用者一人ひとりの出来事や介護過程などのデータを見ている『AIエージェント』が、シフト勤務しているケアスタッフの方に、データから得た洞察を提供していく。そこにAIエージェントとケアスタッフの共創が生まれることで、よりパーソナライズされたサービス提供を行い、ケアの品質を高めていけるのではと考えている」(前田氏)。

AIエージェントとケアスタッフの共創による、パーソナライズされたサービス提供の仕組み(画像はSDJC2021での秋葉氏、柿嶋氏、前田氏の発表資料)。
新たなデザインオペレーションによる高度な価値提供
前田氏は、「今後、AIの発達によってデザイン、制作、使用のループが自動化され、ある特定の問題解決のループ構造が自動化されていく」と述べ、そういったAIによる問題解決が行われる時代では、「どんな問題を解決するべきかという問題発見と、AIのアルゴリズムの方向性を決めることが、人間にとって重要な役割になっていくのではないか」と続けました。
「ハナスト」の事例では、介助した記録や介護結果のデータがたまり、その問題解決がAIのアルゴリズムによって提供されることで、利用者一人ひとりに合った介助方法のリコメンドといった高度なサービスが提供できるようになると言います。「AIの学習により記録がしやすくなるというループ構造だけではなく、ケアスタッフにとっては介護がしやすくなり、利用者の方にとっては気持ちのよい介護サービスを受けられることにつながる」(前田氏)。
そして、「こういったループ構造の多重化をしながら、より高次元の価値を提供できるのではないかと考えている。これを単一の音声チャンネルで実現できることが我々のチャレンジ」とセッションを結びました。

AIのアルゴリズムを組み合わせたループ構造の多重化(画像はSDJC2021での秋葉氏、柿嶋氏、前田氏の発表資料)。
セッションを視聴して
今回の「ハナスト」の開発事例は、AI技術の活用により、介護士が抱える問題に対しスマートかつ複合的に問題解決がなされており、AIと人間の共創型パーソナライズの一例として、可能性をとても感じました。
「科学的介護+パーソナルケアの実現により、現在注目している現場の業務効率化に加えて、今後は一人ひとりのQOLを高めるようなケアサービスを届けていきたい」というビジョンも語られ、昨今、各所でAIとの関係性として新たな形が模索されている中、非常に興味深い事例でした。
2022年9月20日追記:「SDJC21」レポート後編を2022年9月20日に公開しました。ぜひ併せてお読みください。