世界観を表現する「撮影ディレクション」 人の心を動かすアートディレクション(4)
- コミュニケーションデザイン
「アートディレクション」と聞いて、あなたはどんなことを想像するでしょうか?
この記事は、コンセントメンバー5名が、それぞれどんな思考や工夫を重ねてアートディレクションと向き合っているのか、実例を交えて語る連載企画です。全5回にわたってお届けします。

世界にはたくさんのクリエイティブが溢れ、私たちの毎日を彩っています。
本・ウェブサイトなどのデザイン、イラストレーション、写真、映像……。簡単にいうと、アートディレクションとは、そんなクリエイティブをどのように表現するか考え、実現していくことです。でもそれは、目に見える表層的な部分だけを指すのではありません。
そのクリエイティブを通して、人に何を伝え、何を感じてもらい、どんなアクションにつなげたいのか。私たちは、コミュニケーションそのものの在り方や本質を考えることもアートディレクションの大切な部分だと思っています。
今回のテーマは「撮影ディレクション」。ビジュアル表現を支える写真や映像は、どのように生み出されているのか、撮影までの検討や準備の過程をお伝えします。
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写真や映像は、時に言葉以上のメッセージを放つことがあります。
言葉がわからない外国の書籍でも、写真を見て内容を理解できることがあります。あるいは、せりふのない映画のワンシーンに心を揺さぶられた経験はないでしょうか?それは、製品PRやブランド訴求といったビジネスでのコミュニケーションでも同じです。クリエイティブを通して、ユーザーに対してよりクリアな理解を促したり、情緒に訴えて好感を与えたりする際に、写真や映像によるビジュアル表現はとても有効な手立てになります。
写真や映像を通して伝えたい世界観を表現するために、どのように撮影ディレクションを行っているのか?クリエイティブディレクター/アートディレクターである鹿児島 藍への取材・監修のもと、彼女の実務経験と共にご紹介します。
撮影の「目的」を明確にもつ
初めにお伝えしたいのが、なぜ撮影するのか目的を明確にしておくべきということです。クリエイティブ開発を伴うプロジェクトであっても、撮影を行わないこともあります。ビジュアルにはイラストレーションやタイポグラフィーを用いたり、過去に撮影した素材を流用したりすることでもクリエイティブ開発は可能です。
当然ながら、新規撮影にはコストや時間がかかります。プロジェクトで撮影する場合は、その撮影によってどんな効果を狙うのか、目的を明確にしておく必要があります。では、どんなときに新規撮影を行うのでしょう?撮影するべきケースは、主に2つのパターンがあると考えます。
1つ目は、製品など実体があるモノの魅力を伝えたいケースです。特に、旬の時期が短いものや刹那的な瞬間を切り取って魅力を伝えたい場合、写真や映像は有効な表現方法です。ホカホカの湯気が立つ料理やみずみずしい生花など想像しやすいですよね。

左)ガラスの花器の魅力を瑞々しい花と共に伝える。右)あつあつの焼売の美味しさを伝える。
2つ目は、未来の体験やその体験を通して得られる感情をリアルに伝えたいケースです。製品やサービスは、実体があるものばかりではありません。そんなときに、写真や映像で「その製品やサービスがもたらす未来の体験・その体験を通して得られる感情」を情景として描くことで、ユーザーへ具体的にイメージを伝えることができます。

左)コミュニケーションを促すアプリを通して得られる体験、嬉しい感情を伝える。右)植物のある生活の豊さを伝え、私も真似してみたい、という気持ちを促す。
撮影は、ただそこにあるものを写したり、記録したりすることだけが目的ではありません。撮影した先には、ユーザーがまだ知らない体験・見たことがない情景・そこに伴う感情をリアルに描き、伝えるためのクリエイティブ開発があるはずです。それをつくり上げるための撮影という過程は、まるでユーザーの“未来をデザインする”ような感覚です。
撮影は「準備」が8割
今回は、撮影するべきケースの2つ目として挙げた「体験や感情を伝える時」の撮影について紹介したいと思います。鹿児島は日頃から、次のようなプロセスで撮影に向き合っています。
撮影のプロセス
この4つのプロセスは全て、撮影前の準備段階で取り組む内容です。特にコンセントがクリエイティブ開発を行う際は、「撮影しましょう!」と決めた次の瞬間にカメラを構える……ということはありません。撮影当日まで入念に準備をしてから挑みます。この準備こそ、撮影には必要不可欠。その理由は、記事を読み進めるとおわかりいただけると思います。
今回は具体例として、OMデジタルソリューションズ株式会社様(以下、OMデジタルソリューションズ)ファミリー向けミラーレス一眼カメラ「OM-D E-M10 Mark IV」プロモーションツール制作プロジェクトを紹介します。

「OM-D E-M10」シリーズは、“新米パパママ”をメインターゲットとしたカメラブランドです。製品そのもののデザインや機能を訴求しつつ、カメラがある生活の楽しさや喜びといったユーザーの感情まで想起できるビジュアル開発を目指しました。プロジェクト詳細は、事例紹介の記事でもご覧いただけます。
事例紹介|OMデジタルソリューションズ|OM-D E-M10 Mark IVプロモーションツール制作1. プロダクトへの理解を深める
まず初めに取り組むことは、自分がユーザーの立場になって製品への理解を深めること。この顧客(生活者)視点を取り入れるプロセスは、撮影ディレクションや当プロジェクトに限らず、あらゆるデザインの現場で基本となるアプローチだと思います。
具体的には、ユーザーがカメラを購入したいと考えてから購入に至るまでに、辿るであろう過程を実際に体験してみました。家電量販店を訪問して、いろんなメーカーのカメラを手にとって比べたり、接客を受けて店員さんから各機種について説明を聞いたりしました。さらに各メーカーのカタログをいくつか持ち帰り、そのカタログで知った製品の公式サイトや口コミサイトを検索するなど、検討過程をシミュレーションしていきました。
そのような体験を一通りすると、市場にはどのような競合製品があって、ユーザーに対してどんな情報や印象を与えているのか実感することができます。プロジェクトの中でプロモーションの対象となる製品そのものだけでなく、市場の中のポジションを客観的に知ることで、どんな訴求だと印象に残りやすいかヒントを得ることができます。

2. ユーザーを具体的に想像する
1つ目のプロセスと並行して、その製品を購入して使用するターゲットはどんな人か、人物像の具体化も行いました。
OM-D E-M10のターゲットは、“新米パパママ”。鹿児島が行ったリサーチ方法は、ターゲットに近い属性の人のSNSアカウントをとにかくたくさん見ることでした。また、社内で子どもがいる社員から話を聞いて、ライフスタイルや普段どんな写真を撮っているかなど、生の声も収集しました。
そのようなリサーチを通して、カメラの購入を検討する人が憧れる家族像はどのようなものか、またどんなライフスタイルなのかイメージを膨らませ、そのイメージを投影するようなビジュアルになるようクリエイティブの方向性を固めていきました。

3. ストーリーを軸にビジュアルを考える
ここまでのプロセスは、どんなビジュアルを撮影するか検討するための事前リサーチ。たくさんのインプットを通して、カタログやブランドムービーのビジュアルを検討していきます。
鹿児島はプロジェクトメンバーとの対話を通して、写真や映像で伝えるメッセージをストーリー仕立てで考えていきました。少し妄想力が必要ですが、みんなであれこれアイデアを擦り合わせている時間はとても楽しく、充実したひとときです。
今回は、愛妻家の新米パパをストーリーの主人公に。第一子誕生を機にカメラを購入し、家族の姿を撮影しながら家族愛が深まっていくという内容にしました。ストーリーを生かしながら、製品カタログやブランドムービーとしての機能も担保できるように、製品機能やスペック紹介を絡めながらも「その機能によってユーザーが得られる体験の価値」が伝わるようにしました。
例えば、カメラモニターの角度が180度回転する機能。自撮りする時に便利な機能なので、ベッドに寝転んだ家族3人が自撮りをするシチュエーションを考えました。家族の仲睦まじさが感じられ、ユーザーが思わず真似したくなるようなシーンです。

下開きモニターを使って撮影している様子のカットの撮ラフ(左)と、実際に撮影した写真(右)。機能の説明とシーン、家族の仲睦まじさを同時に表現した。
4. ビジュアルの世界観をつくり込む
ここから、必要なビジュアルを撮影ラフにまとめながら、具体的な演出の準備をしていきます。イメージする世界観を表現するため、あらゆる要素を一つひとつ検討し、決めていく作業です。
これは決してアートディレクターやデザイナー1人の決定で進められるものではなく、たくさんのプロフェッショナルの力を掛け合わせてつくり込んでいきます。理想とするビジュアルを実現するために重要となるのは、適任のプロフェッショナルをチームにアサインし、彼らと目指すイメージを丁寧に共有することです。実際どのようにチームを構成したか、ポイントを簡単にまとめてみます。
フォト/ビデオグラファー
一言でフォト/ビデオグラファーと言っても、彼らの得意な撮影や表現は十人十色です。今回はストーリーに沿った家族愛が伝えられるように、自然体なシーンや柔らかな人物撮影を得意とするフォト/ビデオグラファーに依頼。事前にいろんな雑誌や写真・映像を並べて、目指したい雰囲気、全体の色味や光のトーンを細かく擦り合わせました。メインフォトグラファーは田村昌裕氏、サブフォトグラファーは中垣美沙氏、ビデオグラファーは岩田安史氏に依頼しました。

田村昌裕

岩田安史(touq Inc.)

中垣美沙
モデル
登場人物となる家族のパパ・ママ・娘役のモデルは、オーディションで選定しました。選定ポイントは、ユーザーが自己投影できる親しみやすさと、憧れの対象にもなれるバランスの良さです。またルックスだけではなく、モデル自身の個性や表現力も考慮。パパ・ママ役は、実際に子どもとのコミュニケーションが好きかという点もヒアリングしたり、軽いお芝居をみせてもらいました。モデルは、父役を西本功貴氏、母役を麻夕美氏、娘役を阿部心結さんに依頼しました。

衣装スタイリング・ヘアメイク
事前にスタイリストとイメージ画像を共有して検討。シーンやキャラクターに合わせて、リアリティのあるスタイリングを意識しました。例えば、ママは公園に行くときはカジュアルで動きやすい服装で行くだろうとか、子どもには動きやすくて肌に優しい素材で、でもデザインは印象に残るかわいらしいものにしたい、といった具合です。リクエストを伝えながら、具体的なコーディネートはスタイリストから提案をもらいつつ決めていきました。衣装スタイリングは玄長なおこ氏、ヘアメイクはスガタクマ氏に依頼しました。

プロジェクトの過程で作成した資料の一部。撮影ラフ(左)と衣装の検討資料(右)
空間スタイリング
撮影は、ロケと自宅を想定したハウススタジオで実施しました。家族の普段の暮らしぶりが感じられる空間で、なおかつユーザーが「すてきな暮らしだな」と思えるバランスを探りながらイメージをつくりました。何軒もロケハンを重ねて選んだスタジオは、古民家風の一軒家。あまり整いすぎた佇まいだとつくりモノ感が出てしまうので、適度に生活感を感じるスタジオに。そこに、インテリアスタイリストと撮影カットに必要な要素を確認しながら、背伸びしすぎないけどセンスがいいインテリアや小物をそろえていきました。インテリアスタイリングは石井佳苗氏に依頼しました。

さまざまな要素を準備しながら、撮影当日のタイムスケジュールも緻密に組んでいきました。このプロジェクトでは、3日間で約130カットのスチールと、ブランドムービーの映像素材も同時並行で撮影しました。限られた時間で撮影するために、フォト/ビデオグラファーは計3人体制にし、スチールチームと映像チームを組んで並行して進行するように計画しました。

撮影時に作成した香盤表。撮影スポット、モデルと衣装、小道具の配置など緻密に記して効率化を図った。
準備万全でも撮影は「ナマモノ」
入念な準備をして迎えた撮影当日。それでも撮影現場では予期せぬことがたくさん起こります。野外では天候に左右されたり、キッズモデルのコンディションにも配慮して臨機応変に対応する必要がありました。
例えば、ハウススタジオの庭で撮影した今回のメインビジュアル。キッズモデルの赤ちゃんがお昼寝するタイミングでいざ撮影!と思ったところで、雨が降り出しました。そこで、天候の回復を待ちながら他のカットの撮影を進行。小雨になったタイミングと赤ちゃんがウトウトし始めたところで、素早くセッティングし、瞬く間にすてきなカットを収めることができました。

効率的な進行や撮影クルーのスピーディーな連携プレーは、綿密な準備と打ち合わせがあってこそ。臨機応変に対応するためにも、事前準備はとても大切だと思います。想定通りに進まない点は、撮影の難しいところではありますが、同時に面白みを感じる部分でもあります。現場で生まれたアイデアから、想定以上のクオリティで撮影できることもあるからです。想定通りのイメージを必ず撮影しないと駄目だと思わずに、現場の状況を楽しみながら、現場でより良いクリエイティブを引き出すつもりで挑んでいます。
撮影して「終わり」ではない
撮影後、スチール写真は全カットの中から最終的に使用するカットをセレクトしていきます。映像であれば、撮れ高から1分30秒尺のブランドムービーへと編集する作業に取りかかります。
今回紹介したプロジェクトの場合、3日間で撮影したスチール写真の総カット数は5311点。この中から、使用予定の113カットそれぞれのベストショットを選んでいきます。膨大な中からどのように選んでいくのか一言で説明するのは難しいですが、次のような観点を加味しながら、総合的にベストといえる写真を選んでいきました。
選定ポイント
- 製品の魅力や見せたいポイントが伝わるかどうか
- 複数人物が写っている場合、皆の表情が良いか
- 光と影のバランスや構図が美しいと感じるか
- 刹那的な瞬間をうまく捉えられているか
なかなか骨の折れる作業なのですが、クリエイティブが最終形にグングンと近づいていく、大切で面白いプロセスの1つです。
冒頭でもお伝えした通り、撮影はクリエイティブ開発の一工程に過ぎません。現場で試行錯誤した中からベストショットを選び取り、クリエイティブへ昇華させていくまでが撮影ディレクションなのです。
さいごに
いかがでしたか?ここで、本記事の監修をした鹿児島からメッセージをお伝えします。
私は、自分が撮影ディレクションを経験するまで、撮影はフォト/ビデオグラファー個人の仕事だと思っていました。
もちろん素晴らしいフォト/ビデオグラファーが撮影していることは事実ですが、撮影前の準備を含めて、その他にもたくさんの人の力があって成り立つものだと、今は思っています。
撮影の準備はとても大変で、地道な努力の積み重ねです。街中の広告やウェブコンテンツなどでいろんな写真や映像を見るたびに、その裏にはどんな準備や検討が必要だったのか想像し、途方もない気持ちになったりもします。
でも、自分の描いたイメージやその意図を一つひとつ周りに共有して、チーム一丸となって形にできた時は、涙が出るほどうれしくて、楽しくて、それまでの苦労も疲れもどこかへ吹っ飛んでしまいます。
写真や映像は、一瞬の表情や空間を鮮やかに捉えて、ストーリーにリアリティーを生み、ユーザーに理解以上の感情をもってもらうことができます。その強みを最大限に生かすために、大枠の計画から些細な部分までディレクションを行き届かせる。それこそが世界観を表現する、まさにアートディレクションなのだと思います。
さいごに、事例としてご紹介したプロジェクトの撮影クルーと全ての関係者へ、感謝と敬愛の気持ちをお伝えしたいと思います。ありがとうございました。
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